史料データベース

 日本史や世界史など、歴史に関わる史料データを提供してます。随時更新しますので、ご要望等あれば問い合わせページより作成をご依頼ください。この史料データベースは以下の参考資料などをもとに、当サイト責任者が編集しています。誤字・脱字には細心の注意を払っていますが、ご利用の際は利用者様の責任で引用をしてください。

■分類表記

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<日本史>
 ・【JH1】原始・古代(〜平安時代)
 ・【JH2】中世(〜安土桃山時代)
 ・【JH3】近世(〜江戸時代末)(※準備中)
 ・【JH4】近代1(〜第一次世界大戦)(※準備中)
 ・【JH5】近代2(〜第二次世界大戦)(※準備中)
 ・【JH6】近現代(〜現代)(※準備中)
<世界史>(※準備中)

■参考文献

・山川出版『詳説日本史B(309)』、『高校日本史B(314)』
・清水書院『高等学校日本史B改訂版(313)』
・東京書籍『新選日本史B(310)』
・吉川弘文館 日本歴史学会編 『演習古文書選』古代・中世編、近世編、近代編
2021.12.08

■原典 ・鉄炮記 ■史料  隅州の南に一嶋有り。州を去ること一十八里、名づけて種子と曰ふ。…(中略)….。  天文癸卯(1)(秋八月二十五日丁酉)、我が西村小浦(2)に一大船有り。何国より来るか知らず。船客百 […]

2021.12.11

■原典 ・漢書地理志 ・後漢書東夷伝 ■史料 ① 紀元前1世紀ごろの倭国〔漢書地理志〕  夫れ楽浪海中に倭人あり、分かれて百余国と為る。歳時を以って来り。献見(1)すと云う。 ② 紀元前1〜2世紀ごろの倭国〔後漢書東夷伝 […]

2021.12.11

■原典 ・魏志倭人伝 ■史料 ①位置  倭人は帯方(1)の東南大海の中に在り、山島に依りて国邑を為す。旧百余国、漢の時朝見(2)する者あり。今使訳通ずる所(3)三十国。郡より倭に至るには海岸に循ひて水行し、…邪馬壹国に至 […]

2021.12.11

■原典 ・高句麗好太王碑文 ■史料  百残(1)・新羅は旧是れ属民なり(2)。由来朝貢す。而るに倭、辛卯の年よりこのかた海を渡りて、百残・□□・新羅を破り,以て臣民と為す。 六年丙申(3)を以って、王躬ら水軍を率いて残国 […]

2021.11.16

■原典 ・方丈記 ■史料  治承四年水無月の比、にはかに都遷り侍りき。いと思ひの外なりし事なり。おほかた、この京(1)のはじめを聞ける事は、嵯峨の天皇の御時、都と定まりにけるより後、すでに四百余歳(2)を経たり。ことなる […]

2021.12.11

■原典 ・宋書倭国伝 ■史料  高祖(1)の永初二年、詔して日く、「倭讃、万里貢を修む。遠誠宣しく甄すべく、除授を賜ふべし(2)」と。……讃死して弟珍立つ。 …二十年(3)、倭国王済、使を遣はして奉献す。 … […]

2021.12.11

■原典 ・江田船山古墳出土鉄刀銘 ■史料  天下治めす獲□□□鹵大王(1)の世、奉□典曹人、名は无□弖、八月中、大いなる鋳釜と、幷て四尺の廷刀(2)とを用ゐ、八十たび練り、六十たび捃じたる三寸上好の□刀なり。此の刀を服す […]

2021.12.11

■原典 ・稲荷山古墳出土鉄剣銘 ■史料 ① 表  辛亥年七月中記す。乎獲居臣、上祖の名は意富比垝、其の児多加利足尼、其児名は弖已加利獲居、其の児名は多加披次獲居、其の児名は多沙鬼獲居、其の児名は半弖比、 ② 裏  其の児 […]

2021.12.11

■原典 ・上宮聖徳法王帝説 ・日本書紀 ■史料 ①上宮聖徳法王帝説  志癸嶋天皇(1)の御世に、戊午の年の十月十二日に、百済国の主明王(2)、始めて仏の像経教并せて僧等を渡し奉る。勅して蘇我稲目宿禰の大臣に授けて興し隆え […]

2021.12.11

■原典 ・日本書紀 ■史料  (推古天皇十二年)夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親ら肇めて憲法十七条を作りたまふ。 一に曰く、和を以て貴と為し、忤ふること無きを宗と為す。人皆党有りて、亦達れる者少し。… 二に曰く、篤く三宝(1) […]

2021.12.11

■原典 ・隋書倭国伝 ・日本書紀 ■史料 ①「隋書」倭国伝  大業三年(1)、其の王多利思比孤、使を遣わして朝貢す。使者曰く、「聞く、海西の菩薩天子、重ねて仏法を興すと。故に遣わして朝拝せしめ、兼ねて沙門数十人、来りて仏 […]

2022.02.09

■原典 ・日本書紀 ■史料 ①国史の編纂〔日本書紀〕  是の歳、皇太子、嶋大臣、共に議りて天皇記及び国記、臣連伴造国造百八十部のを幷て公民等の本記を録す。 ②仏教の興隆〔日本書紀〕  (推古天皇三十二年)秋九月甲戌朔丙子 […]

2021.12.11

■原典 ・日本書紀(大化元年九月の詔) ■史料  甲申、使者を諸国に遣して民の元数(1)を録す。仍て詔して曰く、「古より以降、天皇の時毎に、代の民(2)を置き標して、名を後に垂る(3)。其れ臣連等・伴造・国造、各己が民( […]

2021.12.11

■原典 ・日本書紀 ■史料 〔公地公民制〕  (大化)二年春正月甲子朔、賀正礼畢りて、即ち改新の詔を宣ひて曰く、  其の一に曰く、昔在の天皇等の立てたまへる子代の民(1)・処処の屯倉、及び別には、臣・連・伴造・国造・村首 […]

2021.12.11

■原典 ・養老令 ■史料 ①戸籍〔戸令〕  凡そ戸は五十戸を以て里と為よ。里毎に長一人を置け。…  凡そ戸籍(1)は六年に一たび造れ。十一月の上旬より起りて、式に依て勘へ造れ。里別に巻を為せ。…  凡そ戸籍は恒に五比(2 […]

2021.12.11

■原典 ・続日本紀 ■史料 ①和同開珎の鋳造〔続日本紀〕  和銅元年春正月乙巳、武蔵国秩父の郡(1)、和銅(2)を献ず。…故慶雲五年を改めて和銅元年として御世の年号と定め賜ふ。…五月壬寅、始めて銀銭を行ふ。…八月己巳、始 […]

2021.12.11

■原典 ・万葉集 ■史料  風雑へ 雨降る夜の 雨雑へ 雪降る夜は 術もなく 寒くしあらば 堅塩(1)を 取りつづしろひ(2) 糟湯酒(3) うち啜ろひて 咳かひ(4) 鼻びしびしに(5) しかとあらぬ(6) 髭かき撫で […]

2021.12.11

■原典 ・続日本紀 ■史料 (和銅)五年春正月乙酉、詔して(1)曰く、「諸国の役民 郷に還るの日、食糧(2)絶へ乏しくして、多く道路に饉ゑて 溝壑(3)に転填する(4)こと、其の類少なからず。国司等宜しく勤めて撫養(5) […]

2021.12.11

■原典 ・続日本紀 ■史料  (養老元年)五月丙辰、詔して曰く、「率土の百姓(1)、四方に浮浪して、課役(2)を規避し、遂に王臣に仕へて、或は資人(3)を望み、或は得度(4)を求む。王臣本属を経ず、私に自ら駈使して、国郡 […]

2021.12.11

■原典 ・続日本紀 ■史料  (養老七年四月)辛亥、太政官奏すらく、「頃者、百姓漸く多くして、田池窄狭なり。望み請ふらくは、天下に勧め課て、田疇(1)を開闢(2)せしめん。其の新に溝池を造り、開墾を営む者有らば、多少を限 […]

2021.12.11

■原典 ・続日本紀 ■史料  (天平十五年五月)乙丑、詔して曰く、「如聞、墾田は、養老七年(1)の格に依て、限(2)満るの後、例に依て収授くと。是に由て農夫怠倦(3)して、地を開きて復た荒れぬ。今より以後、任に私の財と為 […]

2021.12.11

■原典 ・続日本紀 ■史料 ① 国分寺建立の詔〔続日本紀〕  (天平十三年三月)乙巳、詔して曰く、「…宜しく天下の諸国をして各敬んで七重の塔一区を造り、并に金光明最勝王経、妙法蓮華経各一部を写さしむべし。…又国毎の僧寺( […]

2021.12.11

■原典 ・日本後紀 ■史料  (延暦二十四年十二月)壬寅是の日、…中納言近衛大将従三位藤原朝臣内麻呂、殿上(1)に侍す。勅有りて、…天下の徳政を相論ぜしむ。時に緒嗣議して云ふ、「方今、天下の苦む所は、軍事(2)と造作(3 […]

2021.12.11

■原典 ・類聚三代格 ■史料  太政官符す(1) 応に健児を差す(2)べき事   大和国卅人 河内国卅人 和泉国廿人…   常陸国二百人 近江国二百人…  以前(3)、右大臣の宣(4)を被るにいわ […]

2021.12.11

■原典 ・本朝文粋 ■史料  臣去る寛平五年(1)備中介に任ぜらる。彼の国の下道郡に邇磨郷有り。爰に彼の国の風土記を見るに、皇極天皇六年(2)、…天皇筑紫に行幸し、将に救兵(3)を出さんとす。  …路に下道郡に宿したまふ […]

2021.12.11

■原典 ・日本三代実録 ・政事要略 ■史料 ① 日本三代実録 天安二年戊寅 摂政 従一位 藤良房五十五 十一月七日(1)宣旨にて摂政と為す。(公卿補任)   (清和天皇貞観八年八月)  十九日辛卯、太政大臣に勅して、天下 […]

2021.12.11

■原典 ・小右記 ■史料 (寛仁二年十月)十六日、乙巳。今日、女御(1)藤原威子を以て皇后に立つるの日也。前太政大臣(2)の第三の娘なり。一家三后を立つるは未だ曽て有らず。    …太閤、下官を招き呼びて云く、「和歌を読 […]

2021.12.11

■原典 ・平安遺文 ■史料 尾張国郡司百姓等解(1)し申す官裁を請ふの事  裁断せられんことを請ふ、当国の守藤原朝臣元命、三箇年内に責め取る非法の官物、幷びに濫行横法卅一箇条の愁状(2)。 一、裁断せられんことを請ふ。例 […]

2021.12.11

■原典 ・今昔物語集 ■史料  今ハ昔、信濃ノ守藤原ノ陳忠ト云フ人有ケリ。任国ニ下テ国ヲ治テ、任畢ニケレバ上ケルニ、御坂ヲ越ル間ニ、多ノ馬共ニ荷ヲ懸ケ、人ノ乗タル馬、員知ラズ次キテ行ケル程ニ、多ノ人ノ乗タル中ニ、守ノ乗タ […]

2021.12.11

■原典 ・往生要集 ・土佐日記 ■史料 ① 往生要集 (浄土教)  それ往生極楽の教行は、濁世(1)末代(2)の目足(3)なり。道俗貴賤、誰か帰せざる者あらん。ただし顕密の教法(4)は、その文、一にあらず。事理の業因(5 […]

2021.12.11

■原典 ・東寺百合文書 ■史料 ① 鹿子木荘(東寺百合文書) 鹿子木(1)の事 一、当寺の相承は、開発領主(2)沙弥(3)寿妙嫡嫡相伝也。 一、寿妙の末流高方(4)の時、権威を借らんが為に、実政卿(5)を以て領家と号し、 […]

2022.04.07

■原典 ・百錬抄 ・愚管抄 ■史料 ①延久の荘園整理令  (延久元年)寛徳二年以後の新立荘園を停止すべし。たといかの年以往(1)といえども、立券(2)分明ならず、国務に妨げる有るにおいては、おなじく停止するの由宣下す。& […]

2021.12.11

■原典 ・神皇正統記 ■史料   白河院…天下ヲ治メ給フコト十四年、太子ニユヅリテ尊号アリ。世ノ政ヲハジメテ院中ニテシラセ給フ。後ニ出家セサセ給ヒテモ猶ソノママニテ御一期(1)ハスゴサセマシマシキ。オリヰ(2) […]

2021.12.11

■原典 ・平家物語 ・愚管抄 ■史料 ① 僧兵の横暴〔平家物語〕 賀茂河の水、雙六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの ② 保元の乱に対する慈円の見解〔愚管抄〕 保元元年七月二日鳥羽院ウセサセ給ヒテ後、日本国ノ乱逆ト云 […]

2022.04.21

■原典 ・玉葉 ■史料  (寿永二年閏十月十三日)東海・東山・北陸三道の庄園国領(1)、本の如く領知(2)すべきの由、宣下せらるべきの旨、頼朝申し請う。仍て宣旨(3)を下さるるの処、北陸道許り義仲を恐るるに依り、其の宣旨 […]

2021.11.16

■原典 ・吾妻鏡 ・玉葉 ■史料 ① 守護・地頭の設置〔吾妻鏡〕 (文治元年十一月)十二日辛卯、…凡そ今度の次第、関東(1)の重事たるの間、沙汰の篇、始終の趣(2)、太だ思食し煩ふの処、因幡前司広元(3)申して云ふ。世已 […]

2021.11.16

■原典 ・吾妻鏡 ■史料 尼将軍北条政子の訴え  (承久三年五月)十九日壬寅、…二品(1)、家人等を 簾下に招き、秋田城介景盛(2)を以て示し含めて曰く、「皆心を一にして奉るべし。是れ最後の詞なり。故右大将軍(3)、朝敵 […]

2021.11.16

■原典 ・神皇正統記 ■史料 北畠親房の承久の乱論  次ニ王者ノ軍ト云ハ、トガアルヲ討ジテ、キズナキヲバホロボサズ。頼朝高官ニノボリ、守護ノ職ヲ給、コレミナ法皇(1)ノ勅裁也。ワタクシニヌスメリトハサダメガタシ。後室(2 […]

2021.11.16

■原典 ・新編追加 ■史料  去去年兵乱(1)以後、諸国庄園郷保(2)に補せらるる所の地頭(3)、沙汰の条条 一、得分(4)の事  右、宣旨(5)の状の如くんば、仮令、田畠各拾一町の内、十町は領家国司の分、一丁は地頭の分 […]

2022.05.26

■原典 ・唯浄裏書、九月十一日付消息文 ■史料  さてこの式目をつくられ候ハ、なにを本説(1)として注し載せらるるの由、人さためて謗難(2)を加ふる事候歟。ま事にさせる(3)本文にすかり(4)たる事候はねとも、たたたうり […]