【JH127】受領ハ倒ル所ニ土ヲ摑メ
■原典
・今昔物語集
■史料
今ハ昔、信濃ノ守藤原ノ陳忠ト云フ人有ケリ。任国ニ下テ国ヲ治テ、任畢ニケレバ上ケルニ、御坂ヲ越ル間ニ、多ノ馬共ニ荷ヲ懸ケ、人ノ乗タル馬、員知ラズ次キテ行ケル程ニ、多ノ人ノ乗タル中ニ、守ノ乗タリケル馬シモ、懸橋ノ鉉(1)ノ木後足ヲ以テ踏折テ、守逆様ニ馬ニ乗乍ラ落入ヌ。
…守ノ叫テ物云フ音、遙ニ遠ク聞ユレバ、…「『旅籠ニ縄ヲ長ク付テ下セ』ト宣フナ」ト。
…数ノ人懸リテ絡上グ。絡上タルヲ見レバ、守、…今片手ニハ平茸ヲ三総許持テ上リ給ヘリ。引上ツレバ、懸橋ノ上ニ居ヘテ、郎等共喜合テ、「抑モ此ハ何ゾノ平茸ニカ候フ」ト問ヘバ、…「汝等ヨ。宝ノ山ニ入テ、手ヲ空クシテ返タラム心地ゾスル。『受領(2)ハ倒ル所ニ土ヲ摑メ』トコソ云ヘ」ト。
■注釈
(1)橋の端のこと。 (2)国司で現地に赴任した者の中の最高責任者を指す。
■現代語訳(口語訳)
信濃の国司で藤原陳忠という人がいた。任国に赴いて国を治め、任期が終了したので状況した。途中のにある御坂峠を越す際、荷物を積んだ馬や人の乗ったたくさんの馬が続いていた。
人を乗せた馬は多くいたが、信濃守の乗る馬が懸橋の端を後ろ足で折ってしまい、守とともに谷底に落ちてしまった。守の叫び声が微かに聞こえ…「旅籠に長い縄をつけて下せ」とおっしゃった。…多勢で引き上げると、守は手にきのこを3房ほど持って上がってきた。守を引き上げて橋の上に座らせ、郎党たちは喜び合いながら「このきのこは何ですか?」と尋ねると、「お前たち、宝の山に入って何も取らずに帰ってきたような心地だ。『受領は転んでもただでは起き上がらない』というではないか」と。