・『学問のすゝめ』初編 / 福沢諭吉全集
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり(1)。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働を以て天地の間にあるよろづの物を資り、以て衣食住の用を達し、自由自在、互に人の妨をなさずして各安楽にこの世を渡らしめ給ふの趣意なり。されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。そのしだい、はなはだ明なり。
実語教(2)に、人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによって出で来たるものなり。
(1)ルソーなどによる天賦人権思想による。 (2)学問と道徳的実践を問いた書物で、寺子屋で使われた教科書のこと。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という。天が人を生み出した時には、万人は皆同じ地位にあり、生まれつきの身分差別はない。万物の霊長として、肉体と精神の働きにより、あらゆるものをとって衣食住に用い、自由に、他人を邪魔することなく、それぞれが安泰に生活できるようにしようとする趣旨である。
「実語教」に「人は学ばなければ智はなく、智のない者は愚人である」とある。つまり、賢人と愚人の差は、学ぶか学ばないかによって生まれるものである。