【JH444】製糸女工の実情『日本之下層社会』
■原典
・『日本之下層社会』横山源之助
■史料
余嘗て桐生・足利の機業(1)地に遊び、聞いて極楽、観て地獄、職工(2)自身が然かく口にせると同じく、余も亦た其の境遇の甚しきを見て之を案外なりとせり。而かも足利・桐生を辞して前橋に至り、製糸職工に接し、更に織物職工より甚しきに驚ける也。
労働時間の如き、忙しき時は朝床を出でて直に業に服し、夜業十二時(3)に及ぶこと稀ならず。食物はワリ麦(4)六分に米四分、寝室は豚小屋に類して醜陋(5)見るべからず。…其の職工の境遇にして憐れむべき者を挙ぐれば、製糸職工第一たるべし。
■注釈
(1)布を織る事業(絹織物・綿織物)のこと。 (2)ここでは女工を指す。(3)通常労働に残業を加えた18時間労働。 (4)石臼で引いた粗い大麦で、割麦という。 (5)「みにくい」「いやしい」の意。
■現代語訳
私(横山源之助)は以前に桐生・足利の絹織物産地を訪れたが、聞くのと見るのとでは大違い、と女工自身が平素から訴えているように、女工の待遇や環境が非常に悪いのをみて驚いた。しかし、そこを去って前橋に行き、製糸女工に接してみると、織物女工よりもひどいことに驚いた。
労働時間などは、忙しい時は朝起きるとすぐに仕事につき、残業が深夜十二時に及ぶことも珍しくない。食べ物は六割が割麦、四割が米の麦飯で、寝室は豚小屋同然にみにくく汚くて見ていられない。….およそ職工の待遇において気の毒なものを挙げると、製糸女工が一番だろう。